เข้าสู่ระบบあの夜から三年分のログが、静かに、でも容赦なく積み上がっていった。
《聖女様の稼働ログ、現在一〇九五日連続稼働ですね。記録的です》
(記録って、本来はうれしい方向で更新したいんだけど)
頭の中で女神様にツッコミを返しながら、私は机の予定表をめくる。
この世界にはタイムカードはない。その代わり、公正契約の女神が、私の働いた時間と案件を、黙々とログに変えていく。日付がめくられるたびに、その裏で、見えない稼働ログの束が厚くなっていく。
季節と案件だけが、静かに入れ替わる。春には祭祀の準備と祝福予約。
夏には災害と病と、不作の相談。 秋には収穫祭と税・地代の契約見直し。 冬には貧しい人たちへの救済と、寒波対策の祈祷。カレンダーは変わっても、私の予定表の埋まり方は、ほとんど変わらなかった。
◇
春。大神殿前の広場は、儀礼の練習をする神官たちと、参拝客の列であふれていた。
「安全祈願は列に沿ってお願いします。寄進の契約書は、あちらの机にどうぞ」
私は進行表を片手に、もう片方の手で契約書をめくる。
安全祈願の祝福。寄進に紐づく契約。万一の事故の責任所在。《祭りの成功条件、だいたい全部『聖女が倒れないこと』で埋まってますね》
(条件の書き方、おかしくないですか)
やがて王家の馬車が広場に入ってきた。
「この度の祭祀における聖女の働きに、王太子として感謝する」
祭壇の前で、レオン殿下がそう告げる。
視線は、私ではなく、民衆の方へ向いていた。(……名前じゃなくて、役職に向かって話しかけてる感じ)
「恐れ入ります。皆さまの祈りがあるからこそ、務めを果たせております」
私は教科書通りに頭を下げる。
《はい、『聖女として感謝する』ログ、春祭バージョン一件登録っと》
(女神様、バージョン管理しないで)
◇
夏。豪雨と土砂崩れの後の村は、ぬかるみと崩れた石垣の匂いでいっぱいだった。
「大きな怪我をしている方からお呼びください。順番に治療します」
私は袖をまくり、ひとりずつ手を取って祝福を流し込む。
「非常時ですからねえ。こういうときこそ、聖女様に頑張っていただかないと」
「有事のときぐらい、徹夜覚悟で……」背後で、神官たちが気安く口にする。
(出た。有事だから仕方ない、ってやつ)
前の世界でも、似たような言葉を何度も聞いた。
締切前だから。相手が厳しいから。今だけだから。《ログ的には、非常時モードに切り替わってますけど》
(非常時モードって、どれくらいまで続くの)
《世界契約上は『必要と認められる期間』ですね》
(その『必要』を決める人たちが、仕事を減らしてくれないのが問題なんですよ)
ひとり治療を終えるごとに、別の人が待っている。
仮設の机には、支援契約の紙束が積み上がっていた。「家を失われた方々への支援については……こちらにお名前を」
私は条文を走り読みする。
災害に便乗したひどい契約ではない。分割払いの負担も、いちおう現実的だ。《ここ最近ではだいぶマシなほうですね。被災者搾取タグ、ほぼ点灯してません》
(タグの名前が物騒すぎる)
◇
秋。収穫祭の飾り付けが終わった大神殿の前で、私は別の意味で頭を抱えていた。
「今年の収穫税の率について、もう一度ご説明を」
「聖女様、うちの村は本当に豊作でしてね。ですから、その……」豊作の年にだけ増える徴収。凶作の年には相談に応じる、と書かれた契約文。
一つ一つの案件を見れば、前年よりはマシになっている。
徴収の上限が決まっていたり、凶作時の免除条件が明確だったり。「いい契約になりましたね」
そう言うと、農民たちはほっとした顔で頭を下げた。
《改善ログ、順調に積み上がり中です》
(聞こえはいいけど、ログが増えるたびに、私の机も埋まっていくんだよね)
一つ一つは、「いい契約」だ。
問題は、その一つが、何百、何千と積み上がっていること。祭りのクライマックスで、今年もレオン殿下が姿を見せる。
「今年も、聖女として民のために尽くしてくれたことに、感謝する」
去年とほとんど変わらない言葉。
違うのは、「今年も」という一言が増えたことくらいだ。(レオン定型文秋バージョン、っと)
私は内心でカウントしながら、口元だけを上げた。
◇
冬。冷え切った路地で、私たちはスープと毛布を配っていた。
「順番にお配りしますから、押さないでくださいね」
「小さい子どもと、お年寄りを前に」私は祝福で火を灯し、少しでも暖かさが長く持つように祈りながら、救済対象の名簿に目を走らせる。
その背後では、見習い聖女たちが必死についてきていた。
「こちらの列をお願いします」
「小さい子は、こっちで預かりますね」書類を抱えて走る子。列を整えながら笑っている子。
その中に、前に見かけた髪型の子がいるような気がして、私は一瞬だけ目を留めた。彼女たちの目は、まっすぐだった。
聖女様の負担を減らしたくて、と本気で信じている目。それが、少し怖かった。
《見習い聖女ログも、順調に増えてますね》
(その言い方だと、すごく危ないものが増えている気がするんだけど)
《危ないですよ?》
さらりと返されて、私は小さく息を飲んだ。
少なくとも今は、誰も死んでいない。
その事実を、私は何度も心の中でなぞりながら、夜の施しを続けた。◇
「前任の聖女様の話、ですか?」
ある日の休憩時間、ティオがぽつりと切り出した。
「はっきりしたことは、誰も教えてくれないんです。ただ……過労で倒れた、って噂はあります。神の元に召された、とも」
曖昧な言葉だけが、ふわふわと宙に漂う。
「大神官長は、『よくあることだ』って」
よくあること。その一言で、前の世界でも多くのことが片づけられていた。
《世界契約ログ上でも、前任聖女様は『奉仕契約の履行中に、神の元へ』という扱いですね》
(それってつまり、働きすぎて倒れた、ってことじゃないの)
《条文的には、そう読めなくもないですね》
背筋に冷たいものが走る。
(この契約は、歴代の聖女を、ずっと同じようにすり減らしてきたってこと)
私が今歩いている線の、少し先に、「よくあること」として処理された死がある。
「……聖女様?」
ティオが心配そうに覗き込む。
「大丈夫。ただの考え事です」
私は笑って首を振り、手元の書類に視線を落とした。
◇
その夜、私は聖女寮の自室の窓辺に座り込んでいた。
机の隅には、今日も更新された予定表。
ページの端には、小さく女神様のメモが光っている。《本日の稼働ログ、一四時間二〇分。体調タグ、黄色寄りです》
(寄り道しないで、さっさと赤にして止めてくれてもいいのに)
《それをやる権限は、今の世界契約には入ってないんですよねえ》
(世界契約、便利なようで不便ですね)
自分で言って、苦笑が漏れる。
終電のない世界。
タイムカードのない奉仕契約。 可能な範囲で、という言葉に、上限がつかない働き方。(前の世界と、何が違うんだろう)
問いかけるたびに、私は同じ答えを用意した。
少なくとも今は、誰も死んでいない。
そう自分に言い聞かせることで、ぎりぎりのところで立ち止まっている。
《聖女様》
女神様の声が、少しだけ真面目な調子で呼びかけた。
《本当に、誰も死んでいないうちに、何か条文を変えたほうがいいかもしれません》
「……そうですね。でも、今はまだ、仕事がありますから」
私は苦笑して、膝を抱え込む。
前の世界と同じ働き方を続けたいかと聞かれたら、答えは、もう知っている。
《ログは、いつでも読み返せます。
だからこそ、ここから先の数行を、そろそろ書き換えてもいいのかもしれませんね》(その書き換え、どうやったらできるんでしょう)
《それはまた、別の夜に》
女神様の声は、そこでふっと途切れた。
私は窓にもたれかかりながら、目を閉じる。
少なくとも今は、誰も死んでいない。
その言い訳が、あと一話も保たないことも知らないままに。
その朝、私は久しぶりに「計画通り」という言葉を信じていた。 公正契約大神殿の相談受付ホール。掲示板には、女神の羽ペンで書き換えられた新しい勤務表が貼られている。夜間対応は原則なし、臨時は申請制、休養日は確保。たった数行なのに、呼吸が軽い。「聖女様、本日の予約は……え、ええと、ちゃんと昼に収まってます!」 ティオが書類束を抱えたまま笑う。「うん。奇跡だね」「奇跡って言わないでくださいよ! 僕が昨夜、全部組み替えたんですから!」 そこへ、外がざわりとした。 駆け込んできた伝令の神官が、息を切らして言う。「隣国ウェルナの辺境で、原因不明の熱病が流行している、との噂が……! 旅の商人が……」 噂。たったそれだけの言葉で、前世の記憶が喉の奥に蘇る。増える数字、鳴りやまない連絡。 背筋が冷えた私の隣で、ティオは青ざめて未来を先に見てしまう。「患者の流入や難民が来たら……神殿の祝福、追いつきません……!」「まずは落ち着こう。正規の報告が来てから」 そう言ってくれたのは、いつの間にかホールに現れていたセルジュさんだった。黒い外套の裾が揺れて、空気がきゅっと締まる。 そして、締まった空気はそのまま、面倒の形に固まって運ばれてきた。「聖女殿! 緊急だ! 緊急事態だぞ!」 王都の有力貴族の集団。顔見知りの「祝福常連」たちが、これでもかと香水を漂わせて押し寄せる。 代表の男は、隣の者の肩を叩きながら大仰に宣言した。「疫病がこちらへ広がる前に、我が家の者たちの健康と屋敷を、夜通しかけて徹底的に祝福していただきたい!」 家の者と屋敷、事業所、夜通し。噂の段階で、まず自分たちを先に守れ、と。 ティオが胸に抱えた新フォーマットの紙が、心細そうに震えている。「え、ええと……夜間の祝福は、事前申請と緊急度の確認が必要に…
会議室の真ん中に浮かぶ光の板は、昨日のまま真っ赤だった。 祝福件数、相談件数、予定外対応、書類、移動。全部が「限界です」と叫んでいる。「……やっぱり、何度見ても、えげつないですね」 ティオが喉を鳴らす。「えげつない、で済ませるのは優しいですね」 セルジュは淡々と線を引き続けていた。いつもの丁寧な声。でも、ペン先がほんの少しだけ揺れている。 大神官長アグナスは、椅子に座ったまま沈黙していた。やがて彼は目を閉じ、ぽつりと呟く。「……似たような数字を、昔、1度見たことがある」 空気が少しだけ冷える。「10数年前、私がまだ若輩だったころ……仕えていた聖女がいた」 アグナスは自嘲気味に笑った。 「優しい方でな。誰も断らず、誰よりも早起きで、誰よりも遅くまで祈った。……そして、ある日倒れ、そのまま戻らなかった」 ティオが「そんな……」と声を漏らす。私は唇を噛んだ。数字が急に「人」になる。「当時の我々は言ったのだ。『聖女の奉仕は神意であり、止めるのは畏れ多い』と」 アグナスの指が、赤い棒グラフの頂点をなぞる。 「……神意を盾にして守っていたのは、聖女ではなく、私たちの責任の方だったのだろう」 胸の奥に、前世の空気がふっと刺さった。 『トップの号令だから』『会社のためだから』。便利な免罪符。誰かが倒れても、誰も自分の名前で止めないやつ。 アグナスが立ち上がり、私の前で膝をつきかけた。 「や、やめてください!」 私は慌てて立ち上がる。 それでもアグナスは深く頭を垂れた。 「リディア殿。私は、君の前任者を守れなかった。そして、君の契約書に手を入れることを、神意と前例のせいにして避けてきた」 言葉が重い。慰めるべきか迷って、でも私は、契約で守る側だと思い直す。「……過去は変えられません」 私はゆっくり息を吐いた。 「でも、『今からの前例』なら、私たちで作れます。頭を上げてください。責任者には、責任者の仕事をしてもらわないと困ります」
夜明け前の大神殿は、石の床まで眠そうな顔をしている。私が祈祷室へ向かう回廊の窓には、まだ朝の色が薄い。 そこへ、足音がきっちりと等間隔で重なった。「おはようございます、聖女殿。本日一日、業務量を記録します。……差し支えない範囲で」 セルジュさんは書類バインダーを抱え、もう片方の手には、妙に立派な砂時計を持っていた。 砂時計。神殿で? と口の中でつぶやく前に、ティオがわなわな震えながら叫ぶ。「さ、砂時計まで用意してるんですか!? 宰相補佐さま、そこまで本気なんですか!」「記録は武器ですから」 淡々と言い切るのが、また怖い。私は苦笑して肩をすくめた。「差し支えない範囲がどこまでかは、業務の後で一緒に考えましょう。たぶん、今日一日で境界線が消えます」「承知しました。消えた境界線は、条文で引き直します」 頼もしさと同時に、背筋が寒いほどの宣言だった。 ◇ 聖女執務室に入った瞬間、ティオが今日の予定表を広げる。 赤。赤。赤。余白のはずの紙が、血のような赤で埋まっている。「午前は貴族家の家族祈願、午後は神殿幹部用の祝福、その合間に定例相談が……」「その合間がもう合間じゃないね」「はい……え?」 ティオが顔を上げたところで、扉が叩かれる。叩かれる、というより、叩き続けられる。「聖女様! 妻が今朝から咳が止まらず」「聖女様! 旅の一行が通りがかったついでに祝福を!」「聖女様! うちの息子の試験が今日で、念のため!」 雪崩だ。予定表が紙一枚で受け止められる量じゃない。 ティオは半泣きで私を見た。「聖女さま、今日も予定外が山ほど……」「予定外が常態化しているなら、それはもう予定ですね」「言い方が冷たい!」 ツッコミながらも、セルジュさんが小さく笑った。笑うと、余計に怖い。
翌朝、王宮の小会議室は寝不足の匂いがした。 窓の外には、まだ薄く、空に残像みたいな神託文字が漂っている。昨日、大聖堂の天井いっぱいに現れたあの一文。 【聖女労働契約:重大違反を検出】 あれを見た瞬間のざわめきが、今も壁に染みついている気がした。「聖女殿。こちらへ」 呼ばれた席は、なぜか末席寄り。形式上、私は当事者で、原因でもあるらしい。 テーブルの上には巻物が山。重い。前例という名の重石が、こうして物理で置かれる世界だ。 グスタフ王は額を押さえ、クロード宰相は咳払いで時間を稼ぎ、大神官長アグナスは硬い笑みを貼りつけている。 セルジュだけが、いつも通りの無表情で私の隣に立っていた。目が合うと、ほんの少しだけ、安心したようにまぶたが緩む。「まずは状況整理を――」 宰相が口を開いた、その瞬間。天井が白く瞬いた。 ドン。 落ちてきたのは光ではなく、分厚い本だった。机が震え、インクの匂いが立つ。 表紙に、黒々と刻まれている。 『聖女奉仕契約(現行版)』 室内が凍った。 そして、頭の中にだけ、あのゆるい声が響く。『原本、持ってきました。前世のシステムで言うと仕様書ですね』「……女神、さま」 アグナスが反射でひれ伏した。慣れた動きが、むしろ痛々しい。 王が椅子から半歩だけ立ち上がり、すぐに座り直した。王様でも神相手だと挙動が忙しい。『昨日の稼働停止、あれは嫌がらせじゃなくて安全装置です。今日は原因究明。はい、会議、続けてどうぞ』 女神はさらっと丸投げしてくる。私は喉の奥で、笑いかけた息を飲み込んだ。笑えない仕様書が来たからだ。「セルジュ、読み上げを」 王の命令に、セルジュが一歩前へ出る。 彼がページをめくった瞬間、黒インクの文字がじわり、と滲んだ。 まるで紙が汗をかくみたいに。「第12条。聖女は疲労を理由に祝福を拒否できない」 言葉が落ちるたび、文字の周りから黒い煙のようなものが立ち上る。
公正契約大神殿の大聖堂は、どう見ても巨大な契約書だ。 柱にも天井にも条文が刻まれ、その真ん中で私だけが、生身のまま立っている。(やばい、立ったまま寝る……) 昨夜から祈願と相談と書類確認を詰め込まれ、仮眠もろくに取れていない。 そこへ「どうしても今日でないと困るんです」という有力貴族の結婚式がねじ込まれて、私の稼働ログは朝から真っ赤だった。「聖女リディア様、準備を」 補助神官の声。少し後ろでは、若手書記官ティオが紙束を握りしめて震えている。「し、聖女様……式のあとに『予定外祈願』が3件……」「聞かなかったことにしようか。今は目の前の式だけ」「す、すみません……!」 祭壇の前には新郎新婦、客席にはぎっしりと上流階級。 その視線を感じながら、私は深呼吸をした。《本日の稼働時間、すでに推奨上限の1.5倍ですねえ》 頭の奥で、軽い声が笑う。 公正契約の女神。私の庇護神であり、この世界で一番ログにうるさい存在だ。(女神様、実況は後にしてください)《いえいえ、ログは積み重ねてなんぼですから》 儀式はクライマックスへ進む。「では、公正契約の女神の祝福を——」 大神官長アグナスの声に合わせ、私は両手を掲げた。 契約書レイアウトの魔法陣が光を増し、新郎新婦の足元から淡い金色の光が立ち上がる。(ここでコケたら、式が台無し……) 焦りと眠気で視界が揺れた、その瞬間。《はい、そこまで》 女神の声が、いつもより低く落ちた。《これ以上ログを積んだら、あなたも世界契約もまとめて過労死コースなので、止めます》(世界契約まで過労死は嫌ですね……)《ですよね。では、強制停止》 祝福の光が「ブツッ」
西の空が赤紫に沈みかけていた。 契約大橋の石畳には、紙吹雪と花びらの残骸が、湿った色のまま張りついている。さっきまで祝祭だった場所が、今は片付け途中の舞台みたいに静かだ。 遠くの広場からは、まだ人々の声が風に乗って届いてくる。 断片的な噂と、屋台を畳む音が、まだ風に乗って届く。今日一日で「契約」という単語を何度聞いたか分からない。 橋のたもとに立つ私の隣で、低い声がする。「本日の移動経路は、簡易支援契約第3条に基づき、私と護衛隊がご一緒します」 礼服から簡素な外套に着替えたセルジュ様が、いつもの事務的な口調で告げた。少し後ろには、女性騎士と平服の護衛が数名。「……私を一人にしない、条文でしたね」 さっき署名したばかりの文言を、私は口の中でなぞる。 聖女の安全確保のため、原則として単独移動を禁止する。 最低限と呼ぶには、少しばかり手厚い内容だ。(最低限の意味、やっぱりおかしい) 心の中だけでツッコミを入れる。《リディア、稼働状況の確認です》 女神様の声が頭の奥に降ってきた。《本日の精神負荷、平常時比でおよそ5倍。歩行可能ですが、急なイベントは控えましょう》「診断がざっくりしています」 足元を見ると、石畳の一部に古い文字が刻まれている。国と神殿の条文が、何十年も前からここにあるのだろう。夕焼けを受けて、その一行一行がうっすらと光っていた。《契約大橋は、もともと国と神殿の約束を刻んだ場所です。 最近は、個人のログも、少しずつここを通るようになりましたが》「私の三年間分のログも、今日ここを通ったんでしょうか」《ええ。ブラック寄りのやつが、どっさり》 背筋に、ひやりとしたものが走る。 国のため。王家のため。誰かのため。 その言葉で塗りつぶしてきた三年間が、光の粒になって橋の下へ流れていったところを想像してしまう。「……行きましょう」